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西暦上ノ国・桧山・松前のできごと日本の主なできごと
1432年安東盛季(教季・康季か)十三湊より渡道。
1443年小山隆政渡道、花見岱の館に拠るという。上國寺草創。
1454年安東政季、武田信広渡道。
1456年コシャマインの戦い。比石館陥ち、厚谷重政敗れる。(〜57)
1457年武田信広洲崎館を築く太田道潅江戸城を築く(1457年)
1462年
洲崎館に昆沙門天王社創祀。信広義父蛎崎季繁没す。
(八幡野に葬る-松前家記)
応仁の乱起る(1467年)
1473年館神八幡宮創祀。
1482年 「夷千島王」(安東政季か)の使者宮内卿
(信広の長子光広か)朝鮮王国に至る。

1485年 北夷(樺太)より中国銅雀台の瓦硯伝来。
蛎崎(松前)家の秘宝となる。

1494年 武田信広没す。(華沢館西後方の山上に葬り、
夷王山と名付く-松前家記)

1512年箱館志苔館陥ち廃城となる。
1513年松前大館陥ち、相原、村上亡びる。
1514年蛎崎光広大館へ移り、勝山館に城代を置く。
1525年東西の蝦夷蜂起、住民松前、上ノ国に逃れる。
1529年タナケシ勝山館攻撃。(3代義広)
1536年タリコナ勝山館攻撃。(義広)
1548年 城代基広謀反。-勝山館荒神堂跡の伝説。
(4代季広)
鉄砲伝来(1543年)
1551年 夷狄之商舶往還之法度。
勢田内のハシタインを上ノ国天之河郡内に置く。

1554年 城代南条広継の妻(4代季広長女)謀反。
-桂岡逆さ水松の伝説。

1556年季広夷王山神社建立、信広を祀る。
1578年 蛎崎正広(勝山館城代蛎崎基広の跡を継ぐ)
安土で織田信長に拝謁。
本能寺の変(1582年)
1589年慶広上ノ国に在り。
1590年慶広聚楽亭で秀吉に拝謁。
1594年上ノ国山神社創祀。
1596年檜山番所を上ノ国に置くという。徳川家康江戸幕府をひらく(1603年)
1610年花山院忠長卿花沢館に拠る。
1618年 キリスト教宣教師アンジェリス天ノ川河口上陸。
(ヨーロッパ人最初の渡道)
寺社奉行を設け、キリシタン禁止を強化(1635年)
1678年檜山番所江差に移る。


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