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長禄元年(1457)の戦いで功を挙げた武田信広が上之国守護蛎崎季繁の養女である安東政季の娘を妻とし、同年築いた館。またこの時、信広は「建国の大礼(けんこくのたいれい)」を行ったとされています。 その後、信広は地の利と景勝を誇る夷王山の麓に勝山館を築き松前藩300年の基を作りました。 近年、中国銭2500枚、中国製青磁、白磁、国産の珠洲擂鉢や人骨が発見されています。館の構造については一部しか調査されていないため不明なところが多いですが、建物の柱穴などが多数見つかっています。 この館は武田、蛎崎氏が道南和人社会の中で支配者として成長する基礎を固めたところであり、更に和人勢力の移り変わりを知るための貴重な史跡です。 平成18年3月31日 史跡の統合、追加、改称 文部科学省指定 面積 約67,000平方メートル |