年表

西暦658年 斉明 4年 阿部比羅夫、有馬浜(現在の十三湖中島付近)に渡島蝦夷を集め饗応する。
1053 天喜 元年 前九年の役。安倍頼時、貞任父子討死す。
1062 康平 5年
1189 文治 5年 源頼朝が奥州の藤原泰衝を追討し、糠部・津軽の人、多数夷島(えぞがしま)に逃げ渡り居住する。
1216 建保 4年 鎌倉幕府が、強盗海賊の類50余名を夷島(えぞがしま)に追放する。
1217 建保 5年 安東太郎(堯秀)、北条義時の代官(蝦夷管領)となり、東夷を守護して津軽に住す。
1229 寛喜 元年 十三左衛門尉藤原秀直、萩野台合戦で藤崎城主安東貞季に敗れ、渡島に追放される。
この頃、藤崎の安東氏、十三湊(市浦村)に拠るという。
1322 元享 2年 津軽安藤氏の乱(安東一族の内紛)。
1328 嘉暦 3年
1423 応永30年 安東鹿季 兄盛季から分かれ、湊安東家を起こし、秋田湯河湊(秋田市)を本拠とする。
1432 永享 4年 蝦夷管領下国安東盛季、南部氏に十三湊の居館を陥され、渡海する。(一説に嘉吉3年1443年ともいう。)
1443 嘉吉 3年 小山隆政が渡道し、上ノ国花見岱に拠る。
真言宗上国寺草創すという。
1454 享徳 3年 潮潟政季(下国安東政季)、武田信広らとともに、南部大畑から夷島に渡海する。信広は、蠣崎季繁の居館花沢館に拠る。
1456 康正 2年 蜂起し、和人が多く殺され、残った人々が上ノ国と松前に集まる。
下国安東政季、秋田の小鹿島(男鹿半島)に進出し、のち秋田の桧山(能代市)に移る。
1457 長禄 元年 5月、東部の酋長コシャマインが大挙して攻め、諸館陥落し、(石崎の比石館も陥落)上ノ国花沢館、下ノ国茂別館だけが残る。
6月武田信広が奮闘してコシャマインを討ち和人地の危機を救った。
8月信広が蠣崎家を継ぎ、天の川の北に新居の洲崎館を築き移り住む。
1462 寛正 3年 信広が洲崎館の北に昆沙門天王社を創立する。(今の砂館神社)
1473 文明 5年 信広が勝山館に八幡宮を建立する。(館神八幡宮と称し、今の上ノ国八幡宮)。
1494 明応 3年 信広が勝山館で没し(64歳)、夷王山に葬られる。
1514 永正 11年 3月二世光広が180隻の兵船を率い、上ノ国から松前の大館に移る。同年秋泊の館主高広(光広の次子)を勝山館の守護とする。
1525 大永 5年 蝦夷蜂起し、和人は上ノ国と徳山(松前)に避難する。
1529 享禄 5年 西部の酋長タナケシが瀬田内の館を陥れ、上ノ国に進攻して三世義広に勝山館で射殺される。
僧日尋が小堀に法華堂を建立する。
1536 天文 5年 西部の酋長タリコナが兵を挙げたので、夫妻を勝山館に誘殺する。
1548 天文 17年 上ノ国の守護、蠣崎基広が謀叛を企て、四世季広に討たれる。
1551 天分 19年 季広は蝦夷と講和し、瀬棚の酋長ハシタインを上ノ国に置いて西夷の長として、俸米を給し、夷島交易と部族の統括に当たらせる。
桧山城主下国安東舜季、夷島を視察する。(東公の嶋渡)
1554 天文 23年 上ノ国守護南条広継の妻の陰謀が顕れ、夫妻自殺する。
1562 永禄 5年 季広が夷王社を建立して信広を祀る。
1578 天正 6年 正広(季広四男)が近州安土において織田信長に謁見する。
1585 天正 13年 桧山安東愛季、湊安東氏の家督を譲られ、両安東家を統一する。
1590 天正 18年 慶広が豊臣秀吉に会い、夷島主として待遇される。
1591 天正 19年 愛季の子実季、安倍安東姓を秋田城介姓に改める。
1596 慶長 元年 桧山番所が上ノ国に置かれる。
1598 慶長 3年 秋田実季、土崎湊城を築き、本拠とする。
上ノ国に若宮社創立。大蔵鰊伝説おこる。
1599 慶長 4年 慶広が大阪で徳川家康に会い、姓を松前と改める。
1602 慶長 7年 実季、常陸国宍戸(茨城県友部町)に移封される。
1610 慶長 15年 花山院少将忠長が夷島流罪となり、上ノ国に来る。
1618 元和 4年 宣教師デ・アンジェリス、松前に渡る途中、難航して上ノ国天河に上陸する。
1639 寛永 16年 焼失した福山城の修復に上ノ国目名の桧材を用いる。
松前における切支丹門徒106人が斬首される。(内6人は上ノ国石崎で処刑される。)
1645 正保 2年 実季の子俊季陸奥国、三春(福島県三春町)に移封される。
1665 寛文 5年 僧円空錫し、石崎・木ノ子・上ノ国・北村に自作の仏像を残す。
1669 寛文 9年 シャクシャインの戦い。
1695 元禄 8年 江差の桧山から出火した上ノ国目名、椴川、厚沢部に及ぶ。
1719 享禄 4年 幕命により松前藩から上ノ国八幡牧野産馬2頭が献上される。
1724 享保 9年 奥尻島神威山噴火し、降灰数里に及ぶ。
1741 寛保 元年 大島爆発。大津波により死者1,467人。
1766 明和 3年 上ノ国に専念寺(いまの清浄寺)が建てられる。
1778 安永 7年 北村の毘沙門天王社が焼失、名主は責を恐れ自殺。
1784 天明 4年 奥羽大凶作(天明の大飢饉)。津軽の人多く渡海す。
松前及び桧山地方鰊不漁。以後20年にわたり群来絶える。
1789 寛政 元年 菅江真澄来遊。「蝦夷喧辞弁」(ゑみしのさへぎ)を著し、この地方の民情・風俗等を克明に記す。
1790 寛政 2年 石崎から熊石までの漁民、一揆をおこす。(江差漁民騒動)
1801 享和 元年 14代章広が上ノ国三社に参詣。
1807 文化 4年 松前地及び蝦夷地、幕府直轄地となり、14世章広、奥州梁川に移封される。
1822 文政 5年 章広が復封され、夷王山社を再建させ、5月帰国秋参詣。
1856 安政 3年 17代崇広が上ノ国三社に参詣。
1858 安政 5年 北村(炭焼沢)に拓いた新村久兵衛の水田が大いに稔り、藩主に献上。
1868 明治 元年 幕府の脱走軍来襲して大滝で戦闘があり、つづいて江差、厚沢部でも戦闘が行われ、館城が陥ち、藩主徳広は熊石から小舟で青森に逃れる。
1878 明治 11年 勝山小学校開校。
1879 明治 12年 上ノ国村内に3戸長役場が置かれる。
1880 明治 13年 上ノ国郵便局が創始される。
1882 明治 15年 砂館・早川・汐吹・安在各小学校開校。
1884 明治 17年 小砂子小学校開校。
1887 明治 20年 警察署分署が置かれ、警部補ほか2名が配置される。
1894 明治 27年 松前修広子爵来村。武田信広の四百年祭を執行。
1895 明治 28年 上ノ国消防組が設置される。
1900 明治 33年 勝山小学校湯ノ岱分校が置かれる。
1902 明治 35年 上ノ国外六ヶ村を合わせて上ノ国村とし、二級町村制施行。
1904 明治 37年 洲根子に監視哨設置(少尉以下17人)。
1906 明治 39年 模範林監護員駐在所が上ノ国に設置される。
1908 明治 41年 川崎船始めて原歌に入り、上野銀蔵はいか釣に随い大漁する。
1912 大正 元年 石崎森林事務所を上ノ国に移し、上ノ国森林事務所とした。
1920 大正 9年 悪性流行感冒が猛威を振い、死者116名に達する。
1921 大正 10年 木古内山道開通。
1922 大正 11年 上ノ国・石崎間道路(準地方費道)竣工。
1923 大正 12年 扇石の木村隆吉が発動機船(25馬力)を導入して、助宗漁をはじめる。
1927 昭和 2年 上ノ国森林事務所が松前に移る。役場庁舎新築。
1928 昭和 3年 八幡野共同牧場が村有になる。
1931 昭和 6年 上ノ国産業組合(上ノ国町農協)設立。
1934 昭和 9年 石崎船入澗が竣工する。
1935 昭和 10年 国鉄江差線が湯ノ岱まで開通する。
1936 昭和 11年 国鉄江差線全線開通。
1939 昭和 14年 今井石崎鉱山、八田鉱山(中外鉱山)がマンガン鉱開発に着手。
1942 昭和 17年 天の川改修工事着工。
1946 昭和 21年 江差信用組合(信用金庫)上ノ国支所ができる。
1949 昭和 24年 早川道路(石崎~中外)が開通。
1952 昭和 27年 藤信鉱業桂岡鉱山が鉄鉱の採掘をはじめる。
1956 昭和 31年 松崎岩穂著上ノ国村史が発刊される。
1957 昭和 32年 上国寺本堂が道有形文化財に指定される。
汐吹漁港竣功。
1958 昭和 33年 天の川永久橋竣功。
1959 昭和 34年 勝山館跡、道史跡に指定される。
1960 昭和 35年 花沢館跡、道史跡に指定される。
夷王山地域、桧山道立自然公園に指定される。
1962 昭和 37年 松崎岩穂著続上ノ国村史が刊行。
役場庁舎改築となる。
吉堀トンネル(道道江差木古内線)完成。
1963 昭和 38年 汐吹漁港修築工事着工。
1964 昭和 39年 夷王山墳墓群発掘調査される。
1965 昭和 40年 天の川かんばい工事着工。
1966 昭和 41年 夷王山墳墓群が道史跡に指定される。
1967 昭和 42年 町制施行なる。
天の川かんばい工事頭首工完成。
1968 昭和 43年 北海道百年記念桧山地方スポーツ大会が本町総合グランドで開催。
1969 昭和 44年 肉牛生産振興地域として道の指定を受ける。
上ノ国歯科診療所開設。
上ノ国町郷土館完成。
1970 昭和 45年 上ノ国町民のうたが制定される。
天の川道営かんばい事業完成。
上ノ国町福祉センター完成。
石崎漁港改修工事着工。
1971 昭和 46年 町総合開発計画を策定する。
夷王山地区自然研究路ができる。
1972 昭和 47年 町費による老人医療費無料制度をはじめる。
町消防本部、上ノ国に設置される。
老人福祉センター花沢荘完成。
町民憲章制定される。
北村目名川にサケ・マスふ化場完成。
1973 昭和 48年 町民体育館完成。
常設上ノ国保育所完成。
広域水道事業完成する。
館町福島線開発道路着工。
1974 昭和 49年 森林組合が江差町と合併し、桧山南部森林組合となる。
桧山広域消防組合発足。
上ノ国漁港修築修抜式が行われる。
1975 昭和 50年 国民温泉保養センター完成。
大留鹿子舞、町文化財に指定。
1976 昭和 51年 町立上ノ国診療所入院設備整う。
町民プール完成。
にじます加工場完成。
林業センター完成。
町立湯ノ岱保育所完成。
種豚育成センター完成。
1977 昭和 52年 全町電話ダイヤル化となる。
勝山、花沢館跡国の史跡に指定。
神明小中学校閉校となる。
1978 昭和 53年 町立石崎保育所完成。
木ノ子・扇石・汐吹地区に簡易水道完成。
山菜加工場完成。
あわびの中間育成施設が大崎地先に投入される。
上ノ国漁港大崎分港の修築工事が着工。
百年記念テーマスローガンが決まる。
百年記念「上ノ国音頭」ができる。
10月25日百年記念式典が行われる。
1979 昭和 54年 国指定史跡勝山館跡の発掘調査始まる。
国道228号小砂子トンネル工事着工。
1980 昭和 55年 町立石崎診療所新築なる。
役場庁舎新築工事着工。
上ノ国町ほか3町組合立上ノ国高等学校の新築工事着工。
国道228号石崎~小砂子間の12橋完成。
上ノ国町新発展計画がスタート。
1981 昭和 56年 役場新庁舎完成。町制施行15年と合わせて落成式を挙行。
道道石崎松前線開通。
上ノ国町ほか3町組合立上ノ国高等学校校舎完成。
1982 昭和 57年 上ノ国町ほか3町組合立上ノ国高等学校開校、第1回入学式。
第1回産業まつり行われる。
小砂子漁港関連道完成。
社会福祉法人上ノ国福祉会特別養護老人ホームかみのくに荘が完成。
1983 昭和 58年 特別養護老人ホームかみのくに荘が開荘。
上ノ国町農地銀行が設立される。
大安在沖に促成コンブ養殖事業を始める。
1984 昭和 59年 国営上ノ国地区直轄明渠排水事業完成。
地場産品ふるさと小包が全国にデビュー。
町立上ノ国診療所新築なる。
組合立上ノ国高等学校が道立移管となり、第1回卒業生を送る。
1985 昭和 60年 上ノ国ダム建設、国の実施調査入る。
誘致企業芳賀縫製上ノ国工場が操業開始さる。
北村砂館神社本殿、町文化財に指定。
町立河北小、上ノ国小学校新築起工式を同日挙行。
上ノ国郵便局新局舎、大留に完成。
町立河北小学校新築なる。
1986 昭和 61年 中外鉱山上国鉱業所操業44年間の歴史に幕閉る。
国道バイパス、汐吹・扇石間開通。
小砂子トンネル開通。
ヒラメ養殖、陸上、海中飼育事業本格化される。
スポーツの町を宣言。
1987 昭和 62年 若葉小中学校閉校。
上ノ国小学校全面改築工事完成。
1988 昭和 63年 滝沢常設保育所開設。
上ノ国町農協、上ノ国中央農協合併契約調印、新生上ノ国町農協誕生。
上ノ国800年祭各種イベント夷王山、天の川を中心に盛大に挙行。
中世以前からの交流の歴史が縁で、青森県市浦村と友好町村の協定を締結。
開基800年記念事業、北海道夜明けの展望塔建設される。
1989 平成 元年 漁協養殖部会養殖サクラマス半冷薫“チェリーサーモン”開発。
高齢者事業団結成される。
ふるさと創生資金1億円の使途をふるさとづくり懇話会から答申を得、人材育成事業を推進することに決定する。
北海道中世の丘“緑のふるさと”ゾーン整備事業着工。
北海道中世の丘“海のふるさと”ゾーン整備事業着工。
金婚式を迎えた夫婦の表彰制度を発足。
上ノ国特産キヌサヤエンドウ生産販売1億円を突破。
上ノ国ダム建設着工決まる。
1990 平成 2年 北海道最古の民家“笹浪家住宅”町に寄贈される。
第3次上ノ国町総合発展計画がスタート。
高生産性農業をめざして農業指導センター設置される。
北海道・東北史研究会主催、「北からの日本史-地域・民族・国家-」上ノ国シンポジウム開かれる。
第1回蝦夷地の都“上ノ国”再発見フォトコンテスト行われる。
養殖漁業の生産基地、原歌地区海洋牧場造成計画始まる。
1991 平成 3年 一般国道228号扇石バイパス開通。
上ノ国町商工会館、観光案内所落成オープン。
1992 平成 4年 旧笹浪家住宅が国の重要文化財に指定される。
日本海情報交流館“文珠”オープン。
独居老人等宅を対象に緊急通信システムを導入。
木工芸センター“赤坂”が完成。
農業振興の中核施設「農業指導センター」が完成。
1993 平成 5年 上国寺本堂が国の重要文化財に指定される。
生涯学習推進体制設立決起大会が開かれ推進体制が確立される。
海洋牧場造成事業が道の海洋開発モデル拠点地域に選定される。
市浦村との友好町村締結5周年植樹を中世の岬公園で行う。
北海道南西沖地震襲来。住宅や道路、農水産施設などに被害。
戦後最悪の大冷害。町に冷害対策本部を設置する。
1994 平成 6年 「上ノ国町老人福祉計画」を策定する。
ふるさと通信システム「防災行政無線」開局。
森定蔵町長、健康上の理由で退任。
町長選挙・町議会議員補欠選挙が行われる。
元町長、故・森定蔵氏の町葬が行われる。
集中豪雨に見舞われる。
上ノ国町ディサービスセンター完成。
1995 平成 7年 花沢温泉自噴。
新天の川橋完成。
桧山8町漁業協同組合が合併される。
天の川星祭フェスタ開催。
集中豪雨に見舞われる。
上ノ国町総合福祉センター“ジョイじょぐら”完成。
ふるさと子供議会が開催される。
1996 平成 8年 戦後50年平和祈願式行われる。
湯ノ岱中学校、河北中学校、上ノ国中学校、滝沢中学校が廃校し、新たに上ノ国中学校を開校。
26年ぶりに函館バス江差-松前間が再開。
ゴミ分別収集の有料化が始まる。
集中豪雨に見舞われる。
役場の機構改革が行われる。
住民基本台帳の電算化される。
1997 平成 9年 花沢温泉簡易浴場オープン。
女性活動支援センター「ゆいっこハウス」が完成。
元町長 故・森三樹郎氏の町葬が行われる。
旧福山街道 文化庁の「歴史の道」百選に選定される。
町制施行30周年記念式典が行われる。
滋賀県安土町と友好町の締結調印。
1998 平成 10年 天の川かささぎロード完成。
宮越小学校閉校。
「東京かみのくに会」が結成される。
滝沢小学校全面改築工事完成。
1999 平成 11年 獲る漁業から育てる漁業へ、栽培漁業総合センター完成。
養殖漁業の生産基地、原歌地区海洋牧場竣功。
湯ノ岱小学校全面改築工事完成。
桧山南部5農業協同組合が合併される。
特定環境保全公共下水道事業着工。
汐吹地区漁業集落排水施設整備事業着工。
2000 平成 12年 「第4次上ノ国町総合発展計画」を策定する。
情報公開条例が制定される。
 
2001 平成 13年 早川中学校閉校。
二級町村制施行100周年記念事業実施。
上ノ国町高齢者能力活用センター「勝山交流館」完成。
2002 平成 14年 上ノ国ダム完成、湖名を「あすなろ湖」に命名。
上ノ国町高齢者等健康づくり総合交流センター完成。
早川小学校全面改築工事完成
旧笹浪家住宅修復工事完了。
2003 平成 15年 石崎漁港トンネル、国指定の登録有形文化財に。
特定環境保全公共下水道供用開始。
汐吹地区漁業集落排水施設整備供用開始。
中高一貫教育始まる(上ノ国中・上ノ国高)
勝山館跡ガイダンス施設完成。
2004 平成 16年 ハンノキ地区宅地分譲始まる。
2005 平成 17年 上ノ国町行財政改革計画(自立プラン)策定
大崎小学校廃校。
勝山館跡ガイダンス施設一般公開開始。
 
2006 平成 18年 上ノ国町行政改革大綱策定。
勝山館跡ガイダンス施設、優れた日本の建築デザイン112の1つに。
 
2007 平成 19年 町税の滞納者に行政サービスを制限する。
2008 平成 20年 日本海グリーンベルト構想展開。
天の川きららトンネル着工。
 
2009 平成 21年 日本海情報交流館内に「物産センター」開設。
18歳以下の医療費自己負担分を無料にする。
2010 平成 22年 第5次上ノ国町総合計画を策定。
役場組織機構改革の実施。
2011 平成 23年 フレッツ光供用開始。
石崎駐在所新築移転。
全国瞬時警報システム(J-ALERT)運用開始。
火災警報器義務化。
地上デジタル放送開始。
2012 平成24年 上ノ国地区に避難階段が完成
2013 平成25年 戸籍が電算化
北海道日本ハムファイターズ選手が本町応援大使に就任
小砂子小学校が休校
2014 平成26年 JR江差線が廃線
風力発電施設上ノ国ウィンドファームが運転を開始
上ノ国町子育て施策が開始
勝山地区の風力発電施設が老朽化により解体
2015 平成27年 上ノ国町地方創生推進会議設立
湯ノ岱・石崎・小砂子小学校が廃校
滝沢保育所が閉所
ドクターヘリが運用開始
上ノ国町のふるさと納税が1億円を突破
マイナンバー制度が開始
2016 平成28年 北海道新幹線が開業
新吉堀トンネルが完成
役場庁舎の耐震化工事が開始
2017 平成29年 町制施行50周年を迎える

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