【国指定史跡】史跡上之国館跡 勝山館跡


 
 勝山館は、後の松前氏の祖である武田信広が、15世紀後半に築いた山城で、16世紀末頃まで武田・蠣崎氏の日本海側での政治・軍事・北方交易の一大拠点でありました。
 現在も継続中の発掘調査により、瀬戸・美濃焼・中国製青磁などの5万点をこえる国内外産陶磁器や金属製品、木製品など10万点余りの出土品、建物・井戸・空壕・橋などの跡が多数見つかり、館内での様々な暮らしぶりが、よみがえりました。
さらに、近年、調査・研究で明らかになってきた城下町と併せて「中世都市」と呼ぶにふさわしい景観が見えてきました。

また、もっとも注目すべきことは、当時アイヌの人々が使っていた500点余の骨角器が出土していることです。中世史研究の第一人者網野善彦氏は「この館にアイヌと本州人が混住していたことはほぼ明らかといってよいのではないだろうか。」(「日本海と北国文化」「北国の社会と日本海」小学館刊)と述べている。興味尽きないテーマを与えてくれる史跡です。
日本海北方交易や中世の生活様式を知ることが出来、「北の中世」を語ってくれる重要な史跡として、中学校、高校の日本史の教科書などに紹介され、近年大変な注目を浴びています。

面積 約350,000平方メートル
昭和52年4月12日 文部省指定
平成18年3月31日 史跡の統合、追加、改称 文部科学省指定
管理団体 上ノ国町


夷王山と夷王山墳墓群



  夷王山はエゾ地の総督・松前候の、かつての居館勝山館の天守閣ともされる。標高159mの山頂には武田信広を祀る夷王山神社(古くは医王社といった)があります。
  山頂に登ると、かつて日本海交易の出船入船で賑わいをみせた大澗湾や大島、小島が浮かぶ日本海が眼下に一望できます。山裾には、勝山館を中心に住居していた人々の墓であろうと推定される600余もの墳墓が全面に分布し、白い墓標が海風の中に立っている。

 

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