WEB町長室
教育の必要性
2003年6月4日
日頃、札幌へ出張する際は八雲駅からJRを利用しています。先日の出張も、いつも通り八雲駅から乗り込んだら、札幌近郊と思われる中学校の修学旅行生が乗り合わせておりました。
予想していた通りでした。
札幌までの車中、生徒達は大声で話したり奇声を発したりと大変なものでした。
普段から、空手を通して子ども達と接していることからあまり苦にはなりませんでしたが、一緒に乗り合わせた乗客の中には眠っている人も見受けられ、大変迷惑だったろうと思います。
あまり騒がしいため、この車両には生徒達だけ乗っているのかと思って車中を見回したら、先生が3人ほど同乗しておりました。
しかし、いっさい注意をしません。
生徒達は騒ぎたい年頃なので分かりますが、注意すべき側の先生の態度を見て腹立たしくなりました。
やはり、日本の教育は狂っています。
今必要なのは、子どもの教育より、子どもを教育する側である親や教師への教育だと痛感いたしました。
今、小学校の授業参観では、子どもを教室の後ろで見ている親達が騒がしく、親が先生に注意されるそうであります。
このようなことから、挨拶できない、人の痛みさえも分からない子ども達が多くなってきているように思います。
そういえば、結婚披露宴でもこのような光景が見受けられます。
来賓祝辞の際などに、新郎新婦の友人であろうと思われる若者たちのざわめきが。