WEB町長室

ふつうの幸せ

2026年8月17日

白血病でなくなった沙織ちゃんの言葉
「私は、ふつうの高校へ行って、もし大学に行くなら、ふつうの大学行って、ふつうに就職して、できればふつうのお嫁さんになって、ふつうの家庭で、ふつうのお母さんになって、ふつうのおばあさんで、ふつうに死にたい」

“ふつう”という概念。
普段の生活の中で何か支障があると、“ふつう”への幸せを感じることができます。
ところが、その“ふつう”が長く続くとまた、“ふつう”であるありがたさを感じられなくなってしまっている自分がいます。

父親が亡くなり火葬場に行った際、ぼんやりと目の前の国道を車が走っているのを見てこう思いました。
「私たち親族は、今、悲しみのど真ん中にいるのに、車に乗って走っている人たちは、昨日と何も変わらない“ふつう”の生活をしているんだろうなあ」と。

“ふつう”は、空気のようなものかもしれませんが、その“ふつう”のありがたさを感じることも大切かもしれません。